一番はじである駅に下り電車はない。
上り電車しかないのだ。

全てが始発電車のため、二つの電車が待機している場合が多々ある。

「トゥルルルルル～。」
片方の電車は出発寸前だ。
その電車に乗るのは諦めた。
朝っぱらから走りたくはないし、次の電車が待機している。
焦る必要はない。

すると韓国籍の男性だろうか。
後方から僕の脇をそれはそれは猛ダッシュで走り抜けていった。

その男性はそのまま車両に飛び乗った。
そして焦るあまりか、ドアの段さにつまづき、転げて乗車した。

噂には聞いていたが、転げ込み乗車なるものを初めて拝見した。

「ドアが閉まります。駆け込み乗車はお止め下さい。プシュー。」

次の瞬間、その電車ではない向かい側の電車のドアが音を立てて閉まった。

こんな二者択一を間違える人物が外国には五万といるのだろうか。

呆然と立ちすくす韓国籍らしい男性が片言の日本語で呟いたのを僕は聞いた。

「すっぱい…。」

僕の見解では恐らく「失敗」と言いたかったのではなかろうか。
いや、彼は本当にすっぱいと感じていたかもしれない。
今となっては、それは彼にしかわからない事。
そして、甘酸っぱい思い出は自分達で決めるものだ。

僕にとっても、違う意味で始発となった、とある夏の朝の甘酸っぱいお話し。